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むき出しのコンクリートは貧しい美大生のサバイバル

建築の工夫都市開発若者文化

通貨危機で職を失った美大生たちが、金を使わず壁を剥がして作った手作りカフェ。生き延びるためのデザインが「弘大スタイル」として消費され、家賃を高騰させた皮肉な連鎖。

トランスクリプト

むき出しのコンクリートと配管。弘大(ホンデ)のカフェでよく見るあの景色は、最初から「映え」のために発明されたわけじゃありません。あれは、若いアーティストたちの生存戦略でした。

時計の針を、1997年の冬に戻してみましょう。韓国を襲った通貨危機です。韓国ではよく「IMF危機」と呼ばれるあの時期。中産階級が次々と崩れていく中、おそらく最も強い心理的ショックを受けたのは、弘益(ホンイク)大学の学生たちでした。ここは美大と建築の最高峰で、卒業さえすれば大手の就職が約束されていた。でも一夜にして、その席が消えてしまったんです。

街には、高度なデザイン技術と熱量を持て余した20代の若者があふれました。お金も将来の展望もない。でもネットワークがあるこの街から離れられず、大学周辺の安い半地下に留まるしかない。

当然、きれいに整った商業施設で遊ぶお金なんてない。だから彼らは、自分たちで居場所を「物理的に」作り始めました。

業者を呼ぶ資金がないなら、自分たちが業者になる。壁の漆喰を剥がして解体費を浮かせ、天井を張らずに配線やダクトをむき出しにして、裸電球を吊るす。家具も、拾ってきた不揃いの椅子やソファを並べて、なんとか形にする。

そして彼らは一流の美大生でした。「貧しさ」を「意図」に見せ替えるのが、うまかった。

この時期、彼らにとって画材店は、材料調達の拠点にもなりました。本来は絵の具やキャンバスを買う場所で、工業用のワイヤーみたいな素材を手に入れて、照明や什器に転用していく。切実な節約が、結果的に「弘大っぽい」空間の原型になっていったんです。

例えば、2004年に詩人とアーティストが開いた「イリカフェ」。手作りの家具やインディペンデントな出版物で埋め尽くされたそこは、失業したアーティストたちのリアルなリビングルームになりました。

やがて2000年代前半、その切迫から生まれたデザインは「弘大スタイル」というブランドに突然変異します。感度の高い旅行者が、定番の明洞じゃなく、この入り組んだ路地を目指すようになった。ガイドブックも、小さな手作りカフェを“発見”として扱い始める。

それが、皮肉な罠の始まりでした。

投資家たちは理解してしまったんです。古い建物は壊さなくてもいい。壁紙を貼らずに「ヴィンテージ」と名付ければ、コーヒーは高く売れる。アーティストたちは、自分たちの手で「儲かる空間」の作り方を証明してしまった。

当然、家賃は跳ね上がります。やがて大きな資本が入り、弘大のカルチャーは、きれいにパッケージ化されていった。インディーズの精神が、風景として消費されるようになったんです。

家賃を払えなくなった「イリカフェ」の人たちは、2009年、自分たちが育てた文化ごと店を移していきました。街の中心から、少し外側へ。そこでまた空気を作り、また家賃が上がる。その連鎖が、弘大の周縁へ、さらにその先へと広がっていった。

彼らは単に商業化の波に追い出された被害者ではありません。生き延びるためのデザインが、いつのまにか街を動かすエンジンにもなってしまった。

次に弘大のカフェで、むき出しの壁を見上げたら、少しだけ想像してみてください。節約のために剥がしたその一枚が、未来の家賃を押し上げる合図にもなっていたことを。

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地下室のギターが路上のリングライトに変わっただけで、何者かになりたい若者たちの強烈な渇望は、今もこの街のアスファルトから熱気となって立ち上っている。

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