ウルチロ3街で、日が落ちる少し前。まず音が来ます。
ガラガラ、とトタンのシャッターが下りる音。次に、プラスチックが擦れる音です。チェリーレッドやコバルトブルーの、安くて積み重ねられる椅子が、狭い路地へ何千脚も引きずり出されていく。
あっという間に、道が道じゃなくなる。巨大な青空居酒屋の出現です。
この狂騒の生態系、その真ん中にいるのが、カチカチに乾いた、ちょっと奇妙な形の魚。「ノガリ」と呼ばれるスケトウダラの稚魚です。
なぜこの魚が主役になったのか。話は1980年代はじめ頃に遡ります。きっかけは、たった数坪の小さなパブだったと言われています。疲れ切った工員たちが毎日でも通えるように、とにかく安いおつまみを探した。当時、お肉は贅沢品。そこで選ばれたのが、板切れみたいに硬く干からびたノガリだった。
でも、このノガリ、そのままかじりついたら歯が折れます。食べるための“儀式”が必要なんです。
まず、重いハンマーみたいなものでガンガン叩き潰して、硬い筋をほぐす。練炭の火でさっと炙って、煙を上げながらテーブルに置かれたら、今度は素手で引き裂く。指先に塩気の粉がついて、握力が要る。裂いた身を、真っ赤に辛いコチュジャンと、ぽってりしたマヨネーズにたっぷり絡める。
口の中は、脂と辛さと、ゴムみたいな噛みごたえでいっぱいになる。すると、冷たいビールで流し込むしかなくなる。さっきの章で話したへら絞りと同じで、ここでも“体が道具”になるんです。食べることが、労働の延長線上にある。
時代が下って、このスタイルの店が増え、いつしかここは「ノガリ横丁」と呼ばれるようになりました。さらに2010年代半ば、レトロブームの熱が入って、ヒップジロと呼ばれるような夜の人たちが、この無骨さに集まってくる。
ハイブランドのスニーカーを履いた20代と、手に傷のある年配の職人が、同じ赤い椅子に座って、同じ魚を引きちぎる。夏の夜には、路地が身動きできないほど人で詰まります。ジョッキの音と笑い声で、壁が震える。
ただ、この熱狂が、残酷な現実も引き寄せました。横丁の一角から大きくなった店が、周囲の区画や建物を買い集めて、契約更新で店を入れ替えていく。気がつけば、椅子もテーブルも、メニューも“同じ顔”になっていく。
そして、最初の小さな店も立ち退きを迫られた。常連客や市民が守ろうとし、未来遺産だ、と声を上げた。でも、最後は深夜に店が閉じられ、看板は外され、入口は塞がれた——そう伝えられています。横丁の産声があがった場所は、巨大な店の一部として組み替えられてしまった。
今も日が沈めば、赤い椅子は路地に溢れます。笑い声も、ジョッキの音も、あの頃と同じように響いている。
でも、同じ音のする場所に、誰が座っているかは、少しずつ変わってしまいました。
