Seongpanak(성판악)の長いジグザグを歩いていると、視界が少しずつ切り替わっていくんですよね。曲がるたびに森の切れ間がパッと現れて、振り返ると別の角度の山肌が見えるんです。実は、Gwaneumsa(관음사)の直登を登っていると、逆に一気に高度が来る感じで、息が先に上がって膝に熱を感じるんですよ。道の形が、登っている時間の「質」を作っているわけです。
仕組みは単純です。ジグザグは高度を横に分散します。横方向に距離を伸ばすと勾配が緩くなって、曲がるたびに視線がリセットされるんですね。だから小さな到達が何度も生まれて、風景が断続的に開く。時間がゆっくり伸びるように感じられるんです。逆に直登は高度差が短い時間に凝縮される。努力も感覚も一点に集中するので、達成感がすぐ来る代わりに関節や太ももに負担がかかるっていうか、時間がぎゅっと圧縮される感じになるんですよね。
面白いのは、人が無意識にどちらの「時間の質」を買っているかということです。体力に余裕がある人や景色をゆっくり味わいたい人はジグザグを選ぶ。時間が限られていて頂上だけを確実に踏みたい人は直登を選ぶ。やっぱり、同じ山でも道の形で経験がまるで違うんです。
ちなみに、これが他の場所でも同じように現れます。たとえばソウルの南山(Namsan)。明洞の石段を上ると短時間で標高を稼いで息が上がる、あの感じがあるでしょう。一方で南山公園をぐるっと回る外周の道は緩やかに景色が展開して、途中にベンチがあって人が何度も止まる。道の作りが、その場の時間の流れを決めているって感じなんですよ。
大事なのは、道は単なる移動手段ではなく、時間の売り方を決めているということなんです。道を見れば、その日に誰がどんな体験を求めているか、大まかにわかるんですよね。
