巨大な浴場に入った瞬間、まず耳に飛び込んでくる音があります。パンッ、パンッ。濡れたビニールに何かが叩きつけられるような、鋭い音。
韓国の入浴文化の真髄、「セシン」。垢すりの音です。釜山のトンネ温泉、たとえば巨大なスパリゾートの「ホシムチョン」では、これが日常のBGMみたいに鳴っています。
日本の温泉だと、お湯の中ではせめて自分の体の主導権は自分にありますよね。でもここでは、それをあっさり手放すことになります。黒い防水の下着に身を包んだ垢すり師に促されて、濡れたビニールのベッドに寝かされる。プライバシーなんて、ほとんどありません。肩をつかまれて、はい、次、と体勢を変えられる。言われるがままに身を預けるしかない。エゴの降伏です。
その儀式の主役が、あの「イタリアンタオル」。緑色の、ザラザラした小さなミトンです。実はこれ、釜山で生まれた、という話があります。
一説には、戦後まもない頃、釜山の繊維業者が輸入糸で作った布が、服地としては硬すぎて売り物にならなかった。途方に暮れていたその布を、銭湯でふやけた腕に試しにこすり当てたら、古い角質がごっそり取れた。最悪の失敗作が、最高の道具に変わった——そんなふうに語られています。
理由は単純で、濡れると少しだけしなやかになりつつ、表面の細かな凹凸が残る。温泉で柔らかくなった皮膚を、その引っかかりが巻き取っていくんです。灰色の束が、ボロボロ落ちる。見ているだけで、妙にすっきりする。緑色だと、それがいっそう目立つ。
ただし、乾いた肌にいきなり使ってはいけません。まずは湯に浸かって、体をしっかり温めて、角質をふやかす。準備が整ってから、垢すり師の出番です。
彼らの技術は、全身を使ったアートみたいなものです。前後にこするだけじゃない。体重を乗せて、長く、力強いストロークを繰り出す。最初は削られているような衝撃に驚くかもしれません。痛みのギリギリを攻められる。でも、しばらくすると、それが奇妙な解放感に変わっていきます。耳の裏や指の間みたいな、自分じゃ触れない場所から、古い自分が剥がれていく感覚。
儀式が終わると、最後にお湯をバシャッとかけられて、背中をポン。「はい終わり、次」。その潔さまで含めて、ひとつのシステムなんです。
立ち上がると、肌はピンク色に上気して、過敏なほどの心地よさに包まれているはずです。物理的に、一枚脱いだみたいな軽さ。
脱衣所に向かったら、火照った体のまま、プラスチックの小さなボトルに入ったバナナ味の牛乳、「バナナウユ」を買う。1974年に発売されたと言われる、あの甘くて冷たい飲み物が、妙にしみるんです。
飲みながら気づきます。静けさやパーソナルスペースみたいな、自分の常識が、湯気の中でいったん洗い流されている。釜山のどこかで「使えない布」が生まれたことから始まった、乱暴で、でも不思議に整う体験です。
