ディープダイブ

背中が顔になった日。騒音の線路が公園に変わった反転劇

都市開発景観生活の息遣い

100年間、貨物列車の煤と騒音を避けて背を向けていた家々が、線路の地下化で突然、公園のメインストリートに。壁をぶち抜いてガラス張りに変わった、地形の反転がもたらした街の劇的な変化。

トランスクリプト

ヨンナムドンが「おしゃれな街」になったのは、偶然じゃないんです。この場所には、そうなるべき理由がありました。

2010年代の初め、隣の弘大エリアが急激に変わっていきました。もともと弘大周辺は、美大の学生や若い音楽家、独立系のデザイナーたちが集まる街でした。賃料が安くて、作るための余白があった。でも人が集まれば街の名前が広まり、名前が広まれば賃料が上がる。2000年代後半から、弘大の路地からは少しずつ、最初に街を育てた人たちが弾き出されるようになっていきました。

その受け皿になったのが、ヨンナムドンでした。

線路が騒音を立てていた頃から、ヨンナムドンは安い街でした。家賃が上がりきらないまま放置されてきた、弘大の隣の住宅街。クリエイターたちにとっては、「また借りられる場所」でした。弘大から流れてきた写真家、パティシエ、陶芸家、コーヒー焙煎士。彼らは赤レンガの古い建物に小さなスタジオを借りて、自分の仕事を始めました。

ここで生まれたものは、弘大のそれとは少し違いました。

弘大のカフェ文化がライブハウスと混ざったナイトシーンを中心に発達したとすれば、ヨンナムドンは昼の文化でした。焙煎にこだわる小さなコーヒーショップ。発酵をテーマにしたデザートバー。レシピじゃなく産地の話をするシェフが開くビストロ。特定の音楽やファッションのコードとは無関係に、「これが好きだから作った」という個人の解像度で動いていました。

路地の名前が広まり、旅行雑誌に載るようになると、今度はヨンナムドン自身が弘大と同じ問題を抱え始めます。賃料が上がる。個人の小さな店が、チェーンのスイーツショップに入れ替わっていく。公園沿いには地図アプリで上位に出るような人気店が並び、少し奥の路地に、昔からここにいる人たちの店が残っていく。

今のヨンナムドンには、その二つの層が重なっています。

派手な看板のない路地の奥に入ってみると、手書きのメニューボードを立てた小さなバーや、週末しか開かない陶器のギャラリーがあったりします。店主が一人で切り盛りして、常連に顔を覚えてもらって成り立っているような場所です。

ヨンナムドンを歩くなら、地図アプリの上位に出ない方向に、あえて足を向けてみてください。弘大の喧騒を逃れてきた人たちが作った空気は、まだここに残っています。

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1階の自然派ワインバーで若者たちがグラスを傾けるすぐ頭上で、昔から住むおばあちゃんの洗濯物が風に揺れている風景に、延南洞という街の断面が剥き出しになっています。

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