行く前に知っておくこと
- おすすめ時間
- 朝10時または17時前の午後遅めがおすすめ 最終確認 · 2026年7月12日
- 料金
- 無料 一次情報で確認 · 2026年7月9日
- 所要時間
- 45〜90分 最終確認 · 2026年7月10日
- 休み
- レッドゾーンは観光客の17:00〜10:00立入制限。日曜は路地の休息日 一次情報で確認 · 2026年7月9日
- 混雑
- 昼は団体客と撮影客が増えます 最終確認 · 2026年7月10日
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この場所の物語
ふたつの王宮、景福宮と昌徳宮の谷間に広がる北村(プクチョン)韓屋村。波のように連なる瓦屋根の風景でおなじみですが、ここは時を止めた野外博物館ではありません。急な坂道を上り下りし、迷路のような路地を歩けば、室外機の稼働音や夕飯の匂いが漏れ出す、ソウルの生きた日常に突き当たります。
朝鮮王朝時代、ここは特権階級である両班(ヤンバン)たちが広大な屋敷を構える最高級住宅街でした。北岳山が冬の刺すような北風を遮り、南へ水が流れる風水の理想「背山臨水」の地。何より、ふたつの王宮へ歩いて通える政治の特等席だったからです。
しかし、現在私たちが目にする韓屋の多くは、600年前の遺構ではありません。その正体は、1920年代から30年代にかけて建てられた近代の「改良韓屋」です。
王朝が崩壊し、没落した両班たちが屋敷を手放し始めた1910年代以降。急激な人口増加とともに、近代インフラや日本式家屋の波がソウルの北側へ押し寄せていました。この独自の景観が飲み込まれる直前、防波堤となったのが鄭世権(チョン・セグォン)という一人の開発業者でした。彼は広大な敷地を買い取って細かく分割し、庶民の手が届くサイズの新しい韓屋を大量に建てたのです。