この場所が、ただの古い建物ではなく「国家の装置」だったことは、戦争で一度焼失しても、その姿を取り戻そうとしたことからも見えてきます。
壬辰倭乱でソウルが大きな被害を受けたとき、宗廟も焼けました。王朝にとって、それは単に建物が失われた、という話ではありません。祖先に向けて国家の正当性をつなぎ止める場所が、途切れてしまうということだった。
だから宗廟は、その後に再建されます。華やかに作り替えるのではなく、儀礼が同じ形で続けられるように、同じ場所に、同じ性格の空間を戻していく。そこにあるのは、好みや流行よりも、「途切れないこと」そのものを守る意志です。
宗廟が静かに見えるのは、感情がないからじゃありません。国家が、自分の心臓をここに置いたまま、鼓動だけは止めないようにしてきた。その冷たい静けさなんだと思います。
