日本の神社に行くと、参道の真ん中を避けて端を歩きますよね。神様の通り道だからって、小さい頃に教わって。宗廟を歩いたとき、足元に同じような道がありました。でもここでそれは、ただの「作法」じゃありません。王を、物理的に低くするための装置でした。
門をくぐると、森をまっすぐに切り裂く石畳の道、「神路」が現れます。三本のレーンに分かれていて、真ん中が少しだけ高い。ここは魂だけが通る道で、生きた王でさえ踏めませんでした。王が歩くのは、真ん中より一段低い脇道。南から北へ進むなら、右手、つまり東側です。もし真ん中に足を踏み入れれば、宇宙の秩序を乱したとして厳しく咎められる。
しかも王は、この敷地に入る前から権力を剥ぎ取られます。王宮では、王は北に座って南を向き、誰もが見上げる位置にいる。でも宗廟では、祖先の魂が北にいて南を向く。だから王は門の外で輿を降り、自分の足で土を踏み、一人の臣下として南から北へ進まなければいけませんでした。
私が面白いと思ったのは、この神路の「質感」です。観光客はよく「デコボコして歩きにくい」って言うんですが、そこが狙いなんですね。薄くて粗い花崗岩が、わざと隙間を広く、不規則に敷かれている。
もし王が、権力者らしく大股で歩こうとしたら、儀式用の硬い靴が引っかかって転びかねない。だから自然と顎を引き、足元を見つめ、ゆっくりと慎重に歩くしかないんです。
そしてそのとき、王の冠には、額の前にビーズ状の飾りがすだれのように垂れています。少しでも頭を乱暴に動かせば、それが揺れて顔に当たる。足元の不規則な石と、頭の飾り。その二つで王の身体は、急げない姿勢へ、強制的に作り替えられていきます。
こういう「完璧な所作」を求める圧力は、ときに人を壊すほど強かった。18世紀の英祖は、儀式を一分の隙もなく成し遂げることに執着し、その同じ完璧さを息子の思悼世子にも強いました。政治や家庭の事情も絡む複雑な悲劇ですが、儀礼の重さが、親子を追い詰めていったことは確かです。息子は精神を病み、最後は米びつに閉じ込められて命を落としました。
森に敷かれた、あの歩きにくいデコボコの石畳。もし歩く機会があったら、少し足元を見てみてください。かつての絶対権力者たちが、転ばないように、顔を上げすぎないように、息を潜めて進んだ道。そこには、「人」よりも「儀式」が上にあった時代の息苦しさが、石の形のまま残っています。
