夜10時のソウル、大峙洞。韓国の高校生の火曜日の夜がどんなものか、ちょっと想像してみてください。ひしめき合う学習塾、「ハグォン」の明かりが一斉に落ちる時間です。
カフェインと睡眠不足、それに大学修学能力試験、「スヌン」の重圧でヒリヒリしている何千人もの高校生たちが、一斉に夜の歩道に吐き出される。家に帰らなきゃいけない。でもその前に、少しだけ緩衝地帯が必要なんです。教室の息苦しさと、親の期待が待つ家との間にある、減圧チャンバーみたいな場所が。
昔ながらのノレバンを1時間借りるほどのお金も時間もない。でもポケットには、1000ウォン札が1枚ある。迎えのバスが来るまでの、せいぜい15分。
彼らが向かうのは、ネオンサインが光る地下への階段。「コインノレバン」、みんな「コインノ」と呼ぶ場所です。
日本の「ヒトカラ」みたいに、ちゃんと予定を立てて行く感じとは少し違います。コインノは、自動販売機みたいな存在。ふらっと立ち寄るピットストップです。店員さんの姿はなく、入り口には紙のマイクカバーが積まれた小さな箱があるだけ。空き部屋のランプを見つけたら、中に入ってガラス戸を閉める。それだけ。
この部屋のサイズ感が、実はすごく重要なんです。公衆電話ボックスをひと回り大きくしたくらい。二人だと肩がぶつかるのに、一人だと妙にしっくりくる。ベンチに座るとモニターは顔のすぐ目の前で、いちばん存在感があるのは、青白く光る投入口です。
1000ウォン札を吸い込ませると、機械がウィーンと鳴って、画面の数字が切り替わる。多くの店では、ここで「数曲ぶん」が買える。3曲だったり、店によってはもう少し増えたり、逆に時間制のところもあります。
でも、大事なのは、この瞬間にルールが変わることです。
前の話で触れたような、時間が伸びたり縮んだりするノレバンは、いつもどこか「終わり」を気にさせる。でもコインノは、曲数を買う。だから焦らなくていいんです。買った分の曲は、きっちりあなたのもの。曲と曲の間に、少し黙ってスマホを見てもいい。前奏をちゃんと聴いて、息を整えてもいい。
だからここで歌われるのは、誰かに見せるパフォーマンスじゃありません。誰も見ていない。高校生たちは抱えきれないほどの感情を持っている。選ばれるのは、喉が張り裂けそうな、とてつもなくキーの高いバラードばかりです。M.C The MaxやAilee、ソ・チャンフィの「Tears」みたいな曲。
これはボーカルのエベレスト。みんなの前なら、声がひっくり返った瞬間に恥ずかしくなるかもしれない。でもコインノでは、その裏返りがむしろ目的になる。店によって防音は完璧じゃなくて、廊下に出ると、いくつもの小部屋から別々のバラードが音程を外しながら漏れてくる。10人の高校生が、それぞれの限界で叫んでいる、カオスな交響曲です。
ポップスの形を借りた、本能的な叫び。極めて効率的な感情の爆発。1000ウォンで数曲ぶん、数回の絶叫をして、紙のマイクカバーをゴミ箱に捨てて、バス停へ向かう。
機械も、その一人きりの叫びに合わせて進化しています。採点モードをつけると、音程やリズムがバーで出て、うまくハマった瞬間に数字が跳ね上がる。一人きりの空間で、小さなドーパミンが弾けるんです。キーだって誰にも気を遣わずに下げていいし、逆に上げて自分を追い込んでもいい。
「ホンコノ」という言葉があります。一人でコインノに行くこと。テストで赤点を取った。ホンコノ。恋人にフラれた。ホンコノ。待ち合わせまで微妙に20分空いた。ホンコノ。
最近はQRコードや交通系ICで払える店も増えて、物理的な投入口は消えつつあります。それでも彼らは頑なに「コインノ」と呼び続ける。彼らにとってのコインは、もう金属の硬貨じゃないんです。
それは「細切れで」「誰にも気を遣わなくていい」ということの代名詞。いまの韓国の空気が、その小さな箱の中には詰まっているんです。
