ディープダイブ

焼け跡の米軍物資を売り、警察が来れば幻のように消えた鬼の市場

歴史の断面市場歩き生活の息遣い

朝鮮戦争直後、米軍基地の放出品をシートに並べ、取り締まりが来れば風呂敷に包んで路地へ消えた「トッケビ市場」。パラシュートを服に仕立て直した、生き残るための逃走のDNA。

トランスクリプト

南大門市場って、「戦車以外なら何でも作れる」なんて言われることがあります。実際、ここを歩くと、その言葉が生まれる理由はわかる気がする。でも、この“何でもあり”は、ネオンや観光の賑わいが作ったものじゃないんです。

この市場の本当の顔を知りたければ、一度ぜんぶひっぺがして、1953年の冬、凍えるようなソウルの焼け跡まで遡る必要がある。

休戦直後の街には、物がない。材料も、工場も、まともな流通もない。その中で、目に見える「物資」を持っていたのが、近くの巨大な米軍基地だった。人々は基地から流れてくる物をかき集め、南大門の廃墟に並べ始める。これが「トッケビ市場」――鬼の市場――の始まりだと語り継がれています。

トッケビは、韓国の昔話に出てくる神出鬼没な妖怪です。なぜそんな名前がついたのか。

当時、軍の物資を売るのは危険でした。警察や憲兵が目を光らせている。だから売り手たちは、立派な店を構えない。地面にシートを敷いて、その上にCレーションやインスタントコーヒー、ライター、スパム、冬用衣料や毛布みたいなものを並べる。売り手の中には、戦争で生活を壊された女性や、身寄りのない若者たちも少なくなかったと言います。

そして、手入れを知らせる合図が飛ぶと、市場が“消える”。

シートの四隅を掴んで、風呂敷包みみたいに一気にまとめる。「ポッタリ」と呼ばれる包みを頭に載せて、瓦礫の隙間へ散っていく。さっきまで確かにあった闇市が、幻みたいに消えるから、トッケビ市場。警戒が解ければ、またどこからともなく現れて、包みを解き、何事もなかったかのように商いが戻る。

この「瞬時に動く」感覚が、南大門のDNAになった。抱え込んで座り込むより、状況に合わせて形を変えることが、生き残り方だった。

今でも南大門を歩くと、見通しの悪い曲がり角や、息が詰まるほど狭い路地がやたら多い。都市計画が失敗したというより、あの頃の逃走ルートが、化石みたいに残ったんです。そしてその逃げ道は、いまでは深夜に荷物が流れる動脈にもなっている。

もう一つ、ここで育ったのが「作り変える」文化でした。米軍の毛布や軍服をそのまま持っていれば目立つ。だから染める。ほどく。仕立て直す。パラシュートの生地は服になる。軍用の布はコートに変わる。物を右から左へ動かすだけじゃない。隠して、解体して、別のものとして生まれ変わらせる。

それがやがて、繊維の街を作り、専門の通りを作り、隣同士で部品と技術を回し合う市場の形になっていった。

だから、南大門の迷宮を歩いていて、「そんなものまでここにあるの?」と思う瞬間があったら、それは偶然じゃない。危険な時代に、消えるために路地を選び、残るために物を作り変えてきた。その積み重ねが、この市場の骨格になっているんです。

次のストーリー

Locked

場所を探索

Locked
南大門市場
Locked
ソウル

南大門市場

Upgrade to unlock this place

山積みの段ボールを縫って走るスクーターに道を譲り、凹んだ鍋から立ち上る湯気を嗅ぐとき、あなたは決してオンライン化されないこの街のしぶとい体温に直接触れている。

🍜グルメUpgrade
完全ガイドを見る