ディープダイブ

景観保存と住民の生存権が衝突する境界

オーバーツーリズム生活の息遣い都市の葛藤

世界に向けて美しく整えられた景観の裏で、日常を削られた住民たち。完璧なフォトスポットを壊してでも境界線を取り戻そうとする赤い横断幕の切実な叫び。

トランスクリプト

北村の細い路地を歩いていると、重厚な木の門に、真鍮の丸い金具がついているのが目にとまります。「ムンゴリ」と呼ばれる輪です。瓦のラインや軒下のガラス戸を眺めるだけなら、まだ“見る”だけで済む。でもこの輪は、“触れる”ためのもの。だから人はつい、手を伸ばしてしまう。ガチャ、と鳴らしたり、扉を押してみたり。

その瞬間、境界線が揺れます。門の向こうは展示ではなく、誰かの家です。もし開いたとしても、そこにあるのは博物館のジオラマじゃない。洗濯物を干している人がいて、朝ごはんの匂いがして、今日の予定が動いている、普通の生活です。

北村で起きてきた摩擦は、路上の混雑だけではありません。いちばんの前線は、門や塀といった「建築の境界線そのもの」でした。そして、その背景には、韓国ならではの事情がある。街を守るための政策が、同時に境界線を弱くしてしまったんです。

2000年代初頭、北村の韓屋はかなり傷んでいて、維持の難しさから取り壊して別の建物に建て替える動きが続いていました。危機感を抱いたソウル市は「韓屋登録制」などの制度を整え、外観の保存や修繕に対して大きな支援を出し始めます。上限が1億ウォン台に達する年もあり、条件が合えば公的支援の割合がかなり大きくなるケースもあった。

ただし支援には条件がつきます。守るべき基準が増え、自由に変えられない部分も増える。なかでも象徴的なのが、塀の高さです。伝統的な韓屋の塀は、もともと低めに設えられてきました。でもいま、その低さは「中を撮っていい」という合図のように受け取られてしまう。しかも、市が世界に向けて北村の美しさを宣伝し、税金が投じられていることを誰もが知っている。すると家が持っていた「ここは私有地だ」という圧が、薄れていきます。

その緊張が集中的に噴き出した場所のひとつが、嘉会洞31番地です。なだらかな坂に沿って瓦屋根の波が下り、その向こうにソウルのビル群と南山タワーが見える。写真にすると、完璧です。市はここを「北村八景」の一つとして目立たせ、フォトスポットとして整えてしまった。

住民の日常は、そこから一気に削られていきます。早朝からスーツケースの車輪の音が石畳に響く。玄関を開ければ、人の流れをかき分けないと外に出られない。家の前の段差に腰かけて食べ物を広げていく人もいれば、門の隙間から中を覗き込む人もいる。

住民たちは、気づきます。自分たちは、きれいに保存された景観の中に閉じ込められているのだと。塀を高くしたくてもできない。家の前が“見どころ”として流通するのを止めたくても、止められない。

だから彼らは、「景観のサボタージュ」に出ました。強烈な赤や黄色の大きな横断幕を、木の門や塀に直接くくりつける。そこに書くのは、飾りの言葉じゃない。「ここは人が住んでいる」「観光客は出て行け」「私たちの生存権は観光より重要だ」。

ポストカードのような風景を求めて集まる視線に対して、風景そのものを壊してでも境界線を取り戻す。北村の赤い横断幕は、その逆説を、いまも門の前で揺らしています。

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