Deep Dive

難民の小屋とカフェに埋もれた王室の石碑

歴史の断面王室の記憶都市開発戦争の記憶

朝鮮王朝発祥の地を示す神聖な石碑のすぐ横に広がるポップな壁画。戦争難民の生存競争と現代のSNS映えの波に飲み込まれた、歴史の皮肉な光景です。

Transcript

色鮮やかな壁画や、パステルカラーのカフェの横を通り過ぎると、ふっと空気が変わる場所があります。

そこには、立派な瓦屋根のついた重たい石碑が、ひどく居心地悪そうに鎮座しているんです。「イモクデ」。マーベルのヒーローが描かれたブロック塀の横に、王室の神聖な記念碑。その違和感の中に、この丘がたどってきた、ものすごい歴史の皮肉が折り畳まれています。

時計の針を、ソウルという首都が影も形もなかった13世紀まで巻き戻してみましょう。この急な斜面は、ある男の子の遊び場だったと伝わっています。のちに朝鮮王朝を建国するイ・ソンゲの高祖父にあたる、イ・アンサという少年です。伝説によれば、彼はこのあたりで近所の子どもたちを軍隊のように分けて戦争ごっこをしていて、その統率力があまりに凄まじくて、地元の役人が怯えたというエピソードまで残っているそうです。

つまりこの丘は、500年以上続いた朝鮮王朝の、いわば「ゆりかご」とも語られてきた場所なんですね。

1380年には、イ・ソンゲ自身がここで一族を集めて大宴会を開いたと伝わっています。倭寇との凄惨な戦いに勝利した帰り道のことです。そして彼は、本当に王になりました。それから何世紀もの間、この丘は王家の始まりの地として、特別な敬意を払われてきたのだとか。

時代が下って1900年、その風景に焦りの色が混じり始めます。日本の影が忍び寄る中で、コジョン王は崩れゆく帝国をなんとか繋ぎ止めようと、ここに巨大な石碑を建てるよう命じたと言われています。自ら筆をとり、「先祖が住んでいた歴史的な場所」と石に刻ませた。石の物理的な重みで、王朝をこの地に釘付けにしようとしたのかもしれませんね。

ですが、その願いは叶いませんでした。併合のあと、新しい道路の整備と共に、石碑は今あるさらに高い斜面へと移されたと伝わっています。経緯の細部については諸説ありますが、結果として、この石碑は王家のものとして置かれた場所から、静かに追いやられていったんです。

そして1950年、朝鮮戦争が勃発します。ここから、この丘の運命は王室の歴史から完全に切り離され、むき出しの「生存」へと向かっていきます。

南へ逃れてきた難民たちが、チョンジュに押し寄せました。平らな土地はすでに埋まっていて、彼らが見上げたのは、誰も見向きもしない急で岩だらけのこの斜面でした。コジョン王の書いた文字や建国の歌なんてどうでもいい。ただ、凍え死にたくなかったんです。

廃材やトタンをかき集めて、王室の東屋のすぐ隣に、小屋が次々と建てられていきました。下界の裕福な人たちよりも月がよく見えるからと、「タルトンネ」、つまり月の村と呼ばれるようになります。急な坂を毎日息を切らして登る暮らし。王家のオーラは、生きるための必死さの下にすっぽりと覆い隠されていきました。神聖な場所だったはずのこの丘は、おじいさんたちが日陰でタバコを吸う場所になり、野良犬が眠る場所になっていったんです。

それから数十年の時が流れ、2000年代。道路を挟んで向かい側にある「チョンジュ韓屋村」が、綺麗に整備された観光地として大ヒットしました。でも、そこから見上げると、今にも崩れそうなブロック塀のタルトンネが広がっている。立ち退きさせるには斜面が急すぎるし、激しい争いになるのは目に見えていました。

この丘が“日本の90年代”を武器にした理由は、前の章で話した通りです。ここで注目したいのは、その壁画が果たした機能のほう。アーティストやボランティアを動員し、市の事業として、色褪せたブロック塀を真っ白に塗り、レトロで親しみのあるキャラクターや鮮やかな花々が描かれていった。すると、暗く重苦しく見えたスラム街が、ポップなアート街へと反転したんです。投資家たちが小さな小屋を買い上げ、高いマンゴースムージーを売るカフェへと変えていきました。

それが、今あなたが立っている、このシュールな景色の正体です。

インスタグラムのフィードを完璧にするため、パステルカラーの壁を探す若者たち。彼らは、どっしりと構えるイモクデの石碑の横を、気にも留めずにすり抜けていきます。難民たちはかつて、生き延びるために古い静寂をかき消しました。そして2010年代のポップな壁画は、アクリル絵の具で難民たちの暮らしの痛みを塗りつぶしました。

永遠の敬意を集めるために石に刻まれた王の文字は、今や、一番景色のいいカフェを探すための、ただの障害物としてそこに取り残されています。鮮やかなペンキとカフェの音楽の中で、その重たい石はただ黙って、現代の陽気な喧騒の底に沈んでいるんです。

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