韓国はキャッシュレスの国だ、とよく言われます。スマホひとつで、だいたいのことが済む。だからこそ、明洞でふいに出会う光景が、妙に生々しく見えるんです。
明洞の駅を出て、屋台の人波を抜けて、少し細い路地に入る。中国大使館の高い壁のほうへ歩いていくと、防弾ガラスとまぶしいLEDのレート表示が並ぶ一帯に出ます。「大使館前両替所」みたいな看板。ここは、独立した両替商たちのテリトリーです。
なぜ、こんな超デジタルな都市の真ん中で、ここだけ“物理の現金”が回り続けるのか。
答えはシンプルで、あのLEDの数字です。銀行で替えるより、ここは条件がいいことが多い。両替商たちは薄利で勝負していて、差は数ウォン単位みたいなこともあります。だからこそ、旅行者が集中して「今すぐ現金が要る」この場所に、ぎゅっと集まる。
ただ、薄利で回すほど、別の現実が重くのしかかります。お金は、重いんです。まとまった額の紙幣は、手で持てば持つほど、現物としての存在感が出てくる。
たとえば、日本人観光客が何組も来て、まとめて円をウォンに替えていく。店主の手元には円が積み上がって、渡すべきウォンが足りなくなる。ここで始まるのが、この路地のいちばん面白いところです。
店主は、文字通り、近くの別の店に電話をかけます。しばらくすると、黒いビニール袋やリュックを提げた人が早足で現れて、札束がすっと移動していく。装甲車が来て回収されるまでのあいだ、店同士で現金を融通し合って、その日の帳尻を合わせるんです。
これは、強い信頼がないと成立しません。一度でも約束を破ったり、金をごまかしたりしたら、次からは誰も電話に出ない。そんな小さな共同体が、壁のように閉じた路地の中で回っています。
それに、この場所が大使館の近くに根づいたのにも、歴史の匂いがあります。明洞のこの周辺には、華僑系の店やネットワークが集まっていた時期があり、当時ソウルにあったのは中華民国(台湾)大使館でした。制度からこぼれやすい人たちが、商いと非公式な金融の技術を磨き、やがてそれが許可制のビジネスとして形を変えても、土地と関係性だけは残った。そういう層の厚さが、この路地の“信用”を支えているんだと思います。
便利なカードがいくら増えても、ここでは今日も、紙幣計数機が唸っている。デジタル化された都市の消費を、最後のところで支えているのが、狭いブースの中で現金を数え続ける人たちだという逆説。
明洞のきらびやかさは、こういう見えにくい手触りの上で、回っているんです。
