展望台のずっしりした双眼鏡に硬貨をチャリンと入れて、南の海を覗き込みます。最初は、港とビルのきらめきが広がるだけ。でも、空気が澄んだ日には、水平線の向こうに、うっすら「見覚えのある稜線」が浮いてきます。
長崎県の対馬です。
標高69メートルの丘、龍頭山(ヨンドゥサン)の頂上に立つ釜山タワー。その地上120メートルの展望台から見ると、島というより、ギザギザの壁みたいに海に座っている。森に覆われた山の肩が、光の薄いところで輪郭だけを見せます。
距離は、約50キロ。
この数字が、じわっと効いてきます。海を挟んでいるのに、遠い国の話じゃない。むしろ「海に守られた島国」という感覚のほうが、ここでは頼りなく感じる。対馬海峡は国境の溝というより、視線が行き来してしまう、細い廊下みたいです。
夕暮れ時になると、その廊下が、もっとはっきり見えてきます。対馬は釜山より東にあるので、街に灯りがともるより先に、島が太陽に背を向けて黒い切り絵になっていく。やがて海峡に、イカ釣り漁船の強烈な集魚灯がポツポツと点き始めて、韓国の港から日本の島へ、光の点線が引かれていきます。
傷のついた展望台のカーブしたガラスに額を近づけて下を見下ろせば、そこは完全な異国です。ハングルのネオンサインが瞬き、市場のほうからは名物のデジクッパの湯気が漂ってくるような、超高密度な街。
でも、視線を水平線に上げれば、日本の島がすぐそこにある。
この「近さ」は、きれいな風景だけで終わりません。目の前の海が、祈りや交易、そして衝突の道として何度も使われてきたことを、体が先に思い出してしまう。日本と韓国は、地図の上で隣同士というだけじゃなく、ずっと視線を外し合えない距離で、地理的なにらめっこを続けているんです。
